中小企業向け ハラスメント相談窓口の設置・運用で安心できる職場をつくりエンゲージメントを高める実践施策
はじめに:なぜ中小企業にとってハラスメント対策と相談窓口が重要なのか
近年、職場のハラスメントに対する意識は高まり、大企業だけでなく中小企業においてもその対策は不可欠となっています。2020年6月には、事業主にハラスメント防止対策を義務付ける「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」が中小企業にも適用されました。これは単なる法令遵守に留まらず、従業員が安心して働くことができる環境を整備することが、働きがいの向上やエンゲージメント強化に直結するという認識が広まっているためです。
ハラスメントが放置される職場では、従業員は萎縮し、本来のパフォーマンスを発揮できません。また、心理的安全性が著しく損なわれ、組織に対する不信感が募り、結果として離職率の増加や生産性の低下を招きます。逆に、適切にハラスメント対策が講じられ、安心して相談できる窓口が設置されている職場では、従業員は「守られている」「大切にされている」と感じ、組織への信頼と愛着を深めることができます。これは、まさにエンゲージメントを高めるための基盤となるのです。
本記事では、中小企業がすぐに取り組める、ハラスメント相談窓口の設置・運用を中心とした実践的な施策について、具体的なステップやポイント、必要となるリソースの目安、効果測定の視点などを解説します。
施策:ハラスメント相談窓口の設置と適切な運用
施策が解決を目指す課題
- 従業員がハラスメントの被害に遭ったり、ハラスメント行為を目撃したりした場合に、「誰に相談すれば良いか分からない」「相談しても無駄だ」「相談したことで不利益を被るのではないか」といった不安から、問題を抱え込んでしまう状況。
- ハラスメントの芽が早期に摘み取られず、問題が深刻化・長期化し、組織全体の雰囲気を悪化させる状況。
- 安心して働ける環境が保証されず、従業員の心理的安全性が低い状況。
施策実施の目的と期待される効果
本施策の主目的は、従業員がハラスメントに関する悩みを安心して相談できる仕組みを構築し、健全な職場環境を維持することです。これにより、以下の効果が期待されます。
- 従業員の安心感・信頼感の向上: 困ったときに相談できる場所があるという認識そのものが、従業員の心理的な負担を軽減し、組織への信頼感を高めます。これはエンゲージメントの重要な要素です。
- 問題の早期発見・解決: ハラスメントの初期段階で相談を受け付けることで、問題が深刻化する前に適切な対応を取り、迅速な解決を図ることが可能になります。
- リスク低減: ハラスメントによる訴訟リスクや、従業員の休職・離職による損失など、組織が被る潜在的なリスクを低減します。
- 心理的安全性の向上: 従業員が率直に意見を述べたり、困りごとを相談したりしても非難されない、という安心感が醸成され、組織全体の心理的安全性が高まります。
- エンゲージメントの向上: 安心できる環境で、組織への信頼を感じながら働くことは、従業員のモチベーションや組織への貢献意欲(エンゲージメント)を自然と高めます。
具体的な実施ステップ
中小企業がハラスメント相談窓口を設置・運用するための具体的なステップは以下の通りです。
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ハラスメント防止規程の整備・周知徹底:
- 社内規程にハラスメントの定義(パワハラ、セクハラ、マタハラなど)や禁止事項を明確に盛り込みます。
- 相談窓口の設置場所、相談方法、相談後のフロー、相談者のプライバシー保護、相談したことによる不利益な取り扱いの禁止などを明記します。
- この規程を全従業員に周知し、必要に応じて研修を実施します。従業員が「何がハラスメントにあたるのか」「困ったらどうすれば良いのか」を正しく理解することが重要です。
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相談窓口の設置形態の検討:
- 社内窓口: 人事担当者や管理職などを相談員とする方法です。従業員にとって身近で相談しやすい反面、相談員自身の負担や、社内だからこその相談しにくさ(特に加害者が上司の場合など)が課題となることがあります。相談員には守秘義務と適切な対応に関する研修が必須です。
- 外部窓口: 弁護士事務所、社会保険労務士事務所、外部の相談専門機関などに委託する方法です。匿名性が保たれやすく、客観的な視点での対応が期待できますが、費用がかかります。
- 中小企業では、まず社内窓口を設置し、相談員の研修をしっかり行うことから始めるのが現実的です。従業員の状況や相談内容によっては、より専門的な外部機関への相談を案内できる体制も考慮すると良いでしょう。複数の相談ルートを用意することも有効です。
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相談員の選定と育成:
- 相談員には、相談内容の守秘義務を厳守できる人物を選定します。
- 相談者の話を丁寧に傾聴し、共感的に理解する姿勢が求められます。
- 相談内容に応じた適切な対応(事実確認、関係部署との連携、専門家への取次ぎなど)ができるように、研修を行います。外部研修の活用も検討します。
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相談窓口の周知:
- 相談窓口の存在、相談員の氏名(または窓口の連絡先)、相談方法を、社内掲示板、イントラネット、社内報、メール、研修などを通じて繰り返し周知します。
- 特に、相談した従業員が不利益な取り扱いを受けないことを強調し、安心して相談できる環境であることを丁寧に伝えます。
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相談受付・対応フローの運用:
- 相談を受けた際の具体的なフロー(記録の取り方、プライバシー保護の方法、事実確認の進め方、関係者へのヒアリング方法、解決策の検討、再発防止策など)を事前に定めておき、それに従って対応します。
- 相談者、行為者、関係者のプライバシーには最大限配慮し、関係者以外に情報が漏洩しないよう徹底します。
- 相談者に対しては、対応の進捗状況などを適宜連絡し、不安を与えないよう配慮します。
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定期的な見直しと改善:
- 相談対応の記録(個人情報は伏せた状態で)や、従業員からのフィードバックをもとに、規程や対応フロー、相談員の体制などを定期的に見直し、改善を図ります。
必要となるリソースの目安
- 時間:
- 規程作成・見直し:数時間~数日(専門家に依頼する場合はその調整時間)
- 相談員研修:数時間~数日(外部研修による)
- 周知活動:継続的に必要(年間数時間~十数時間)
- 相談対応:相談内容による(1件あたり数時間~数十時間)
- 費用:
- 規程作成・見直し(専門家):数万円~数十万円
- 相談員研修費用:数万円~数十万円(外部研修)
- 外部相談窓口委託費:月額数万円~
- 周知物の作成費用:数千円~数万円
- 人員:
- 中心となる担当者:人事担当者などが兼務(1名~)
- 相談員:複数名(担当者が兼務することも可能)
- 経営層のコミットメント(必須)
施策の効果測定と報告
相談窓口の効果を直接的に数値化するのは難しい側面がありますが、間接的な指標や定性的な評価を通じて効果測定と報告を行います。
- 相談件数と傾向: 相談件数の推移、相談内容の傾向(どのようなハラスメントが多いか、特定の部署に集中しているかなど)を分析します。ただし、これはあくまで傾向把握とし、個別の相談内容や個人情報については厳重に管理します。
- 従業員アンケート: 定期的な従業員意識調査やエンゲージメントサーベイにおいて、「安心して相談できるか」「ハラスメントに関する知識があるか」「職場の心理的安全性」といった項目を設けることで、施策の効果を測ります。
- 離職率の推移: ハラスメントが原因の離職が減少しているかなどを間接的な指標とします。
- 経営層への報告: 単に相談件数を報告するだけでなく、「ハラスメントリスクの低減」「従業員の安心感向上による生産性への貢献」「健全な組織文化の醸成」といった、経営へのインパクトという視点で報告を行います。具体的な相談事例(個人を特定できないように加工したもの)や、従業員アンケートでのポジティブなコメントなどを添えることで、より効果を伝えやすくなります。
施策の浸透と協力促進
- 経営トップの強いメッセージ: ハラスメントは決して許さない、相談した人を守る、という経営トップからの明確で力強いメッセージを繰り返し発信することが、施策の信頼性を高める上で最も重要です。
- 全従業員向け研修: ハラスメントの定義、防止策、相談窓口の利用方法などに関する研修を定期的に実施します。一方的な説明だけでなく、ディスカッションや事例検討を取り入れることで、従業員自身の問題として捉えてもらうように工夫します。
- 「相談は個人の問題ではなく組織の健全性に関わること」を伝える: ハラスメントは個人の感情論ではなく、安全配慮義務に関わる組織全体で取り組むべき課題であることを丁寧に説明し、従業員の理解と協力を得ます。
- 相談員のプライバシー保護と負荷への配慮: 相談員が安心して活動できるよう、守秘義務の徹底、相談対応による過度な負担がかからないような体制整備、相談員自身のメンタルヘルスへの配慮も重要です。
成功事例と示唆
- 成功事例: ある中小企業では、相談窓口設置と併せて全従業員参加型のハラスメント防止ワークショップを継続的に実施しました。これにより、従業員間の相互理解が進み、ハラスメントに関する意識が向上。相談窓口への相談件数は当初増加しましたが、早期に問題が解決されるケースが増え、深刻な事態に至るケースが減少しました。従業員アンケートでは「安心して働ける」という回答が増加し、心理的安全性が向上したことが確認されました。
- 失敗談から学ぶ示唆: 相談窓口を設置したものの、周知が不十分だったり、相談員が適切な対応方法を知らなかったり、相談者の秘密が守られなかったりした場合、かえって従業員の不信感を招き、問題がより隠蔽される結果となることがあります。窓口設置は「設置しました」で終わりではなく、その後の適切な運用と信頼醸成が極めて重要です。
まとめ:安心できる職場はエンゲージメント向上の礎
ハラスメント対策と相談窓口の設置・運用は、中小企業が従業員の働きがいやエンゲージメントを高める上で、非常に重要かつ実践的な施策です。これは単に法令を遵守するためだけではなく、従業員が安心して能力を発揮できる、心理的に安全な職場環境を構築するための基盤となります。
確かに、中小企業ではリソースに限りがあるため、全てを完璧に行うのは難しいかもしれません。しかし、規程の整備から始め、社内窓口の設置と相談員研修、そして丁寧な周知と運用を心がけることで、着実に前進することができます。必要に応じて外部の専門家の知見を借りることも有効です。
従業員が「もしもの時に頼れる場所がある」「安心して相談できる」と感じられることは、組織への強い信頼感を生み出し、結果としてエンゲージメント向上という形で組織に還元されていきます。ぜひ、本記事でご紹介したステップを参考に、貴社における安心できる職場環境づくりに取り組んでみてください。