中小企業向け 社内副業・兼業制度の導入・運用による働きがい・エンゲージメント向上施策
はじめに
多くの中小企業において、従業員の働きがいやエンゲージメントを高めることは、組織の成長と持続性を確保する上で不可欠な課題となっています。限られたリソースの中で効果的な施策を模索されている人事担当者の方もいらっしゃるでしょう。本記事では、「社内副業・兼業制度」という切り口から、従業員の新たな挑戦を促し、組織全体の活性化に繋げる具体的なアプローチをご紹介します。
社内副業・兼業制度は、従業員が所属部署の業務とは別に、社内の他の部署やプロジェクトの業務に一時的・継続的に関わることを認める制度です。これにより、従業員は新たなスキルを習得したり、異なる視点から業務を遂行したりする機会を得られます。これは、従業員のキャリア開発を支援するだけでなく、組織内の人材交流を促進し、固定観念を打破する効果も期待できます。
社内副業・兼業制度が解決を目指す課題と期待される効果
解決を目指す課題
- 従業員の成長機会の偏り: 特定の部署に留まることで、スキルの幅が広がりにくい。
- 社内人材の埋もれ: 既存業務では活かしきれていない従業員のスキルや知見がある。
- 部門間の壁: 部署間の連携が少なく、組織全体の知見が共有されにくい。
- 従業員のマンネリ化・離職リスク: 新しい刺激や挑戦機会がないことで、モチベーションが低下する。
- 新たなアイデアの不足: 同じメンバー、同じ視点での業務遂行が続き、イノベーションが生まれにくい。
期待される効果
- 従業員のスキルアップ・キャリア開発: 新しい業務を通じて新たな知識やスキルを習得し、自身の市場価値を高める機会を得られます。これにより、従業員の自律的なキャリア形成を支援できます。
- エンゲージメント向上: 自身の興味や関心のある分野に挑戦できる機会を提供することで、仕事へのモチベーションや主体性が向上し、組織への貢献意欲が高まります。
- 社内ネットワークの強化: 普段関わりのない部署のメンバーと協力することで、社内の人間関係が豊かになり、コミュニケーションが活性化します。
- 組織全体の知見向上・イノベーション促進: 異なる部署の視点やスキルが融合することで、既存業務の改善や新しいアイデアの創出に繋がります。
- 人材流出の抑制: 社内で多様な経験を積めるため、外部に機会を求める従業員の離職を抑える効果が期待できます。
具体的な実施ステップと運用ポイント
社内副業・兼業制度を導入し、効果的に運用するためのステップとポイントをご紹介します。
ステップ1:制度設計とルールの明確化
- 目的の明確化: なぜこの制度を導入するのか、どのような効果を期待するのかを具体的に定義します。「従業員のスキルアップ支援」「部署間連携の強化」「新規事業アイデアの創出」など、目的に応じて制度の細部が変わります。
- 対象者の定義: どのような従業員が応募・参加できるかを決めます。全従業員対象とするか、特定の役職・勤続年数以上の社員とするかなどを検討します。本業に支障をきたさないよう、評価が一定以上の社員に限定することも考えられます。
- 社内副業・兼業となる業務の定義: どのような業務を対象とするのかを明確にします。既存の定常業務の一部か、期間限定のプロジェクト業務か、あるいはボランティア的なタスクかなどを定めます。部署横断的なプロジェクトや、通常業務では生まれにくいイノベーティブな取り組みなどが対象となりやすいでしょう。
- 申請・承認プロセスの設計: 参加したい従業員、受け入れたい部署(業務)の双方からの申請プロセスを定めます。従業員は自身の所属部署の上長と、受け入れ部署の上長の双方の承認を得るのが一般的です。本業への影響を考慮し、所属部署の上長の承認を必須とすることが重要です。
- 労働時間の考え方と報酬: 社内副業・兼業を行う時間の位置づけ(所定労働時間内で行うのか、時間外に行うのか)や、それに対する報酬(追加の給与、手当、評価への反映など)を明確に定めます。労働時間の管理は必須であり、本業への過度な負担にならないよう上限時間を設けることが望ましいです。
- 評価への反映: 社内副業・兼業での貢献をどのように評価に反映させるかを検討します。本業の評価に加点する、別途評価項目を設けるなど、従業員のモチベーションに繋がる仕組みが必要です。
- 知的財産権の取り扱い: 社内副業・兼業で生まれた成果物に関する知的財産権の取り扱いについても定めておく必要があります。
- トラブル発生時の対応: 本業との両立が困難になった場合や、期待される成果が出なかった場合の対応についてもルールを設けておきます。
ステップ2:社内への周知と募集プロセスの開始
- 制度の丁寧な説明: 制度の目的、メリット、ルールを全従業員に分かりやすく説明します。社内説明会を実施したり、詳細なガイドラインを配布したりします。特に、所属部署の上長向けの説明会は重要です。
- 募集情報の公開: 社内副業・兼業として募集する業務の内容、必要なスキル、期待される貢献、期間、得られる経験などを具体的に記載した募集情報を社内報や共有ツールで公開します。
ステップ3:選考と実施
- 選考: 応募があった場合、受け入れ部署が必要なスキルや適性を判断し、選考を行います。この際、所属部署の上長の承認も得られているかを確認します。
- 実施: 参加が決定したら、本業の状況を確認しつつ、具体的な業務内容、スケジュール、関わり方などを調整の上、業務を開始します。
ステップ4:進捗管理と振り返り
- 定期的な進捗確認: 社内副業・兼業を行っている従業員と受け入れ部署、そして所属部署の上長が定期的にコミュニケーションを取り、進捗状況や課題を確認します。
- 完了時の振り返り: 期間が終了した際やプロジェクトが完了した際に、参加した従業員、受け入れ部署、所属部署が一同に会し、成果や課題、学んだことなどを振り返る機会を設けます。これは、制度自体の改善にも繋がります。
必要となるリソースの目安
中小企業が社内副業・兼業制度を導入する際に必要となるリソースの目安は以下の通りです。
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時間:
- 制度設計・ルール策定: 担当者1名で数週間〜1ヶ月程度(既存の制度や文化による)
- 社内周知・説明会準備: 担当者1名で数日〜1週間程度
- 募集情報の作成・公開: 担当者1名で数時間〜1日程度(募集の頻度による)
- 申請・承認プロセスの運用: 申請件数によるが、1件あたり担当者(人事/各部署上長)数時間程度
- 進捗管理・振り返り: 定期的なミーティング(月1回など)で1時間程度
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費用:
- 制度設計に関する外部コンサルティング費用(必要に応じて):数十万円〜
- 追加の報酬・手当(制度設計による):参加人数や貢献度に応じた変動費
- 制度説明会や募集情報の作成にかかる諸経費(印刷費など):数千円〜数万円
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人員:
- 制度の企画・運営担当者:1名(他の業務と兼務で十分可能)
- 申請・承認に関わる各部署の上長
- 受け入れ部署の担当者(サポートや進捗確認を行う)
スモールスタートとして、まずは特定の部署間や特定のプロジェクト限定で試験的に導入するなど、限られたリソースでも取り組みやすい方法は存在します。
効果測定と報告
社内副業・兼業制度の効果を測定し、経営層や関係者に報告するためのヒントや視点は以下の通りです。
- 定量的な指標:
- 制度への応募数・参加者数(実施件数)
- 参加者の所属部署・受け入れ部署の分布
- 完了したプロジェクト数・業務件数
- 制度利用者の離職率(制度を利用しなかった社員と比較)
- 制度利用者の評価や昇進スピードの変化(長期的な視点)
- 定性的な指標:
- 制度参加者へのアンケート(満足度、スキルアップの実感、エンゲージメントの変化など)
- 受け入れ部署へのアンケート(期待した成果が得られたか、参加者の貢献度など)
- 所属部署の上長へのヒアリング(本業への影響、参加者の変化など)
- 社内アンケートにおけるエンゲージメント関連指標(例: 「新しい業務に挑戦する機会があるか」「部署横断の連携が活発か」などの項目)の変化
これらの情報を定期的に集計・分析し、制度の継続的な改善に繋げるとともに、経営会議などで報告することで、制度の意義や効果を共有し、更なる理解と協力を得ることに繋がります。特に、従業員の具体的な声や成功事例は、定性的な効果を伝える上で非常に有効です。
社内提案と浸透のための工夫
制度を社内に提案し、従業員や他部署の協力を得るためには、以下の工夫が考えられます。
- 経営層への働きかけ: 制度の目的が経営戦略(人材育成、イノベーション、組織活性化など)にどう貢献するかを明確に説明し、経営層の理解と承認を得ます。先行他社の事例(特に同規模や同業種の中小企業)を示すことも有効です。
- 現場へのメリット訴求:
- 従業員向け: スキルアップ、キャリアアップ、新しい人脈、やりがいの増加といった具体的なメリットを伝えます。
- 受け入れ部署向け: 必要なスキルを持つ人材を柔軟に確保できる、新しい視点を取り入れられる、業務の効率化や改善に繋がるなどのメリットを伝えます。
- 所属部署向け: 従業員の成長を後押しできる、部署を超えた連携が強化される、将来的に本業にも活かせるスキルや知見が身につくなどのメリットを伝えます。
- 成功事例の発信: 制度を利用して成果を上げた従業員やプロジェクトを積極的に社内報や共有ツールで紹介します。具体的にどのような業務を行い、どのような成果や学びがあったのかを伝えることで、「自分にもできそうだ」「挑戦してみたい」という意欲を引き出します。
- アンバサダーの育成: 制度に肯定的な従業員やマネージャーを「アンバサダー」として、制度利用を検討している社員からの相談に乗ったり、制度の魅力を発信したりする役割を担ってもらうことも有効です。
- 問い合わせ窓口の設置: 制度に関する疑問や不安を気軽に相談できる窓口を設けることで、従業員が安心して制度を利用できるようサポートします。
まとめ
社内副業・兼業制度は、従業員に新たな挑戦機会を提供し、個人の成長と組織全体の活性化を同時に実現する有効な施策です。特に人材やノウハウが限られがちな中小企業において、既存の社内リソースを最大限に活用し、従業員の働きがいとエンゲージメントを高める手段として注目されています。
制度設計にはルールや運用の検討が必要ですが、目的を明確にし、スモールスタートで実施することも可能です。従業員のスキルアップ、社内交流の促進、新しいアイデアの創出といった様々な効果が期待でき、これらは結果としてエンゲージメントの向上に繋がります。
自社の状況や目的に合わせて制度を設計し、従業員への丁寧な説明と継続的なフォローアップを行うことで、この制度を働きがい・エンゲージメント向上のための力強い施策として活用することができるでしょう。ぜひ、自社での導入を検討されてみてはいかがでしょうか。